楽の華やかなおかげは、親先生が自分の我情我欲の枠をとって金光大神の信心をそのまま頂き表されている所に、梅と柳の信心を土台にした親先生の個性の桜の花的信心が発揮されている所からのおかげ。
昭和43年06月29日 朝の御理解
御理解 第28節
昨日は28日の竹葉会でございましたから、いろいろ熱心に信心の共励があったもようでした。今日私は4時の御祈念を終わらせて頂いて、のところに伊万里の竹内先生が参拝してみえました。丁度今、竹葉会の方達が壮年会で会議していますから、しばらくお話しを聞かせて頂きたいてから、お話しをして下さったり、その私参加しませんでしたから、その分かりませんでしたけれども、まあ最近根賀以ですね。
ここの新聞に合楽の信心の独自性と言った様な事で、ここの主立った信者さん方が毎月会合をしまして、そしてその事に付いてお話しをしてもらったのが記事になって出ております。これはおそらく毎月続くことだろうと思います。それぞれの立場でどういうふうに合楽の信心を頂いておるかと言う事でございますから。そんな話が幾人かの人から新聞にはこうこう出ておったけれども私共はこう思うたと。
私共は家庭でこういう風に、合楽のまぁいうなら独壇場と言った様なものは、まあこう言ったところじゃないだろうかと言うて、まあ話し合ったという、話を皆さんしております時に私が頂きますことがですね。私の家の家紋ですね、家の紋が梅鉢です、梅の花の中に輪がこうはいっているのが私の方の家紋ですけども、その「家紋の縁がね無い、取れておる」家紋、これは家紋じゃなくて私の個人紋ですいはば、いわばあのう天満宮様の紋と同じです、鉢がない。
私の奉仕着は全部あつらえてありますのは全部その紋が付いております。まあこれ着ておりますのは出来合いですからこの紋があるわけですよね。私が身に着けさせていただくのはもう、ここ15、6年以来この鉢のない紋、梅の紋を使用させて貰っています。その梅を、あれも梅鉢というでしょうかねえ、いわゆる天神紋というですかその紋を頂くんです。私はその時、あのその事に付いてお話もしませんでしたし、どう言う事だろうかと私は思ったんです。
後からいろいろ考えさせて頂いてから、合楽の信心の独壇場というのは、独壇場というか合楽の信心のまあ独自性というのは、どこからこの生まれて来たかと、これはもちろん私の信心個性によるものだと思うですね。教祖様の御信心を直信の先生方が受けられた、その一人一人の信心が教祖様の信心を頂いておられながら、それぞれに違っておる。近藤藤守先生とか、佐藤宿老と言った様に、そのう直信の先生方でもそれぞれの生き方というのが違っておる。
いうにやはり、教祖のご信心を頂いておりましても、やはり私の信心個性が強く出てくるわけです。そこでどういう風に出て来ておるかと、どういうふうにあるかと言うと、ここにね、教祖生神金光大神の働きをね、そのままにまあいうなら、そら厳密にいうなら間違いでしょうけれどもね、生神金光大神の働きを、そのままにここのお広前で表すことができておると言う事です。それはあのうどう言う事から、そう言う事になって来たかというとですね。
ここで取次をさせて頂いておるいわば私、大坪総一郎、その大坪総一郎がね、個性とか内容的なものが、その匂いが強いですけれどもですけどもですね、その大坪総一郎というものがない、いうならば大坪総一郎というものが全然ここにない、そこに金光大神の働きがそのまま大坪総一郎に災いされることなく、ここに生神金光大神のお徳が合楽のお広前に現れておるんだと。というとそのまあよその教会を例に出さなければならなくなりますけれども、まあどこの教会どこのお広前だって同じこと。
やはり生神金光大神のお手がわりのお広前であると言う事は同じなんだ。ところがその、ここにまあ、ここでいうならば私が大坪総一郎というものがね、ここにある間はその金光大神の働きをそれだけ邪魔することになる訳なんです、それがまあ完璧なことは勿論ございませんけれども、どこよりもその私の金光大神の働き、取り次ぎの働きというものを邪魔して無いと言う事。ここでは生神金光大神の働きがそのまま表れておると言う事。これは竹内先生の言葉を借りるとですね。
合楽に皆さんが通うておられると言う事、これはもう即そこにね、生神金光大神を見ることができると昨日言うとられます。私も随分信心の遍歴をいたしました、子供の時からお道の信心を頂いておりますから、他の宗旨宗派に替わろうと思いませんでしたけど、本との生神金光大神の働きをどういうものかということを、あらゆる教会あらゆる高徳な先生という先生方にも面接させてもろうて随分と、まああんな学者ですから学問の上でも、信心もあれだけ出来ておられる方ですから。
信心の上でも頂きたいと思うて、どのぐらい信心遍歴をしたか分からない。けれども合楽に初めてお蔭を頂いた時にです、もう生神金光大神の姿をここに見たと、そう言うておられます。これは大坪総一郎を見たという、私が生神金光大神という風な意味じゃない。ここに生神金光大神の働きがね表れておると、そう見たと。それはどう言う事かというと、実は今日はね、私はね繁盛ということ、皆が繁盛を願わない者は一人もありません。人間である以上繁盛を願わんものはありません。
しかもそれが、自分一代ではなくて子孫までも、繁盛を願わんものはありません。ところがその繁盛する、繁盛するというてその手だてが違う、子孫までも繁盛する為にその工夫が違う、この山を残して置けば、この田地田畑を残して置けば、子供達はいよいよ繁盛するだろう、こういう店を例えば譲っていけば、後は段々繁盛するだろうと。そういうねえ、その思い違いをしておると言う事。金光大神の道は、ここ御理解28節に、読んでみましょうね。
「病人や代々難儀の続く人が神のおかげを受けるのは、井戸がえをするのに八、九分かえて退屈して止めれば掃除はできぬ、それで矢張り水は濁って折る様なもので、信心も途中でやめれば病気災難の根は切れぬ。井戸は清水になるまで病気災難は根の切れるまで、一心にまめで繁盛するよう元気な心で信心せよ」と今日はそのもまめで繁盛するよう元気な心で信心せよと。繁盛するようしかもまめで繁盛するよう元気な心で、一心に神様に願っていくという信心を、今日皆さんに聞いて貰おうと思っている訳です。
繁盛その為に昨日のその竹葉会に、ちょっと参加させて貰いましたその話を例に出したんです。これは立教神伝の最後の所にも見えます。「氏子あっての神、神あっての氏子、繁盛いたし、末々親にかかり子にかかりあいよかけよで立ち行く」とあります。末々親にかかり子にかかりあいよかけよで立ち行く、同時に繁盛していくと言う事。ですからここに分からせられる事は、このうただ繁盛すると儲けだしていくというだけではなくて、お道の信心でいう繁盛は、親にかかり子にかかりあいよかけよで立ち行く。
あいよかけよで繁盛していくという繁盛じゃなければ金光大神が言われる繁盛ではないことになりますね。そこで氏子あっての神 神あっての氏子繁盛いたし末々親にかかり子にかかり、末々親にかかり子にかかりあいよかけよで立ち行く、というのですから。どうでもこの末々この信心が子に孫に伝わっていかなければならない、しかも一番大事な所が伝わって行かなければならない。
ですからその一番大事な所を、このまあいうなら初代である、私共がまず頂かなければならんと言う事になる、だからそれを譲ってゆけば、末々繁盛疑いなしと言う事になるのです。財産じゃないことが分かります、もちろん財産も共にですけれども信心を譲ってゆくということ。その為にはこのお道の信心の一番大事な所をですね、私共が体得しとかなければ譲ろうにも譲られない。
そこで28節の「病気災難は根の切れるまで、一心に、まめで繁盛するよう元気な心で信心せよ。」という所になります。まめで一生懸命に繁盛するように元気な心で信心せよと仰るのも、そういうあいよかけよで立ち行くことのできれる繁盛を願えという事になります。そこでそのいよいよ広く又は大きく深く、大きな繁盛になっていくために私共が信心を頂いていかなきゃならない。
ここでお取次をさして頂いておるそのお取次の働きというものが、金光大神の働きというものが、大坪総一郎の働きではなくて、生神金光大神の働きがここに頂けておる。それはここに大坪総一郎というものが極々少ない、ここには生神金光大神の働きが頂けておるというのは、これはもう十何年五、六年前の事ですけれど私が『家紋の縁を輪をとれ』と言う事を頂いて、輪があったらねもうこれから先は大きくなれんとですよ。
中の梅鉢が大きくなろうと思うても縁があったら大きくなれないでしょうが、ですからこの鉢をとらせて頂くところにですね限りなく大きくなって行けれるんです。そこでこれはまぁお互いもやはり自分の枠といものをとらなければいけません、枠があればもう枠内にとどまってしまいます。その生神金光大神の取り次ぎの働きがここに現れておるその、現れておるものを大坪総一郎が一遍受け取る、受け取るところに私の臭いが移るです、私の個性が出てくるわけなんです。
そこでここで御神縁を頂いている皆さんもやはりここに生神金光大神のお取次の働きを頂けるけれども、やはり大坪総一郎の臭いというか、そういうそのタイプといものがあるわけです、それがどういうふうなタイプかというと。私がここの信心のまあ理想という風に言うとりますところのね、『梅の香りを桜に持たせしだれ柳に咲かせたい』というのがここのまあ言うなら独壇場です。ですから合楽の信心の独壇場とか独自性とかいうたらもうここだと思うんです。
金光大神の働きを、その大坪総一郎という枠をとった人がお取次をしておる、けれどもそこにはやはり大坪総一郎の臭いがここにはある、どういう臭いかというと梅の信心、桜の信心、そして柳の信心というのがまあミックスされておるというところ。今日はこの28節の御理解は、「病気災難は根の切れるまで」という所がだいたい焦点に置いてある御理解ですけれども、今日の焦点は最後の所の「根の切れるまで、一心でまめで繁盛するよう元気な心で信心せよ」という所を頂いておるですね。
同時にあいよかけよで繁盛していこうという、親にかかり子にかかりという繁盛、そういう繁盛でなからなければお道の信心でいう繁盛ではないと、ね、そういう繁盛を「しかもまめで繁盛するよう元気なこころで信心せよ」と、その繁盛をお互い願わない者はないのですから、子孫繁盛を願うならばもっと大きく広く深く信心を頂かしてもらうと同時に、銘々も、銘々の一つの枠というものをとらして頂くという事の稽古、それをここで私はお任せしなさいとこう言うとります。
いわゆる神様任せになんなさい、私が言う通りしとけばよかとこういう訳なんです。これはもうそん時そん時ではありましてもね、それはあなたがもうじぶんの枠を捨てたわけなんです。任せたということは、ですからもういうならそれが身も心も任せられた時初めて一切すべてのことが神様まかせにならしていただけた時に、いうならばあなたの枠がとれた時なんです。
私は神様から、梅鉢のはちを取れと、いはばそげえじゃなくてから取ってもいいという事になったのは私がもうあなたまかせになったからです。もうそれはどんなに血の涙が流れるような場わいであっても神様の前に私がハイというて聞いて来たことです、神様任せになって来たことです。もうそげな事すれば損すること分かっておっても私、神様の前にハイというて来たことです。ここに私の思い私のいうならば我というものが無くなった訳、そこで私これは私だけのね。
この枠を取れよ、それから椛目が段々繁盛してき合楽に移っていよいよはんじょうの一途をたどらしていただいておるわけなんです、枠が取れておるからなんです。それは私がもういうならば全身全霊もうあなた任せで、の生き方というものがなされておるからなんです。そこでみなさんはそこの一つの部分的ですね、まだ全身全霊とは行ってないですけれども親先生が言われる通りにしておけば、というような所を段々分からせて頂いてそれを任せるけいこをしておる訳なんです。
そこに任せる為にいはば柳の新人が必要なんですね、風は柳にさからはない、素直である、自然にもう即応して行くんです、自分の思いを出さないという事なんです、もし自分の思いを出したところで、「でもこう思いますが」とお願いで「それいかんばい」と言われたら、自分の思いを何時でもさっと捨てられると言う事。ここにね枠を捨てたという、いよいよお蔭のいただけれる一つの要素というものがある、それを私、柳とこういう、私が梅鉢だから梅というわけじゃないです。
けれども梅はどこまでも辛抱強いもの、そこを辛抱強いおかげを頂いて行くうちに病気災難の根も切れてくるのです、いわゆる井戸は清水になってくるのです。井戸ざらいをするためにはどうでも辛抱が必要なんです、素直だけではいけない事が分かる。そしてもう辛抱強い、どのような場合でも辛抱しぬかして頂くという信心辛抱の心というものが必要、そこに家のめぐり身のめぐりが何時の間にか清められていく。
先祖が作っているお粗末ご無礼、私自身が作っているお粗末ご無礼、そういうご無礼なものがあっても、あれば折角頂いたそのおかげが濁るのだ、そこで私共辛抱さして頂いているうちに、辛抱さして頂いているうちに清まってくる。ちょうどそれは井戸ざらえをするようなものである、そこからこんこんと湧いて来るような清水のようなお恵みのそれに触れることができる、それを素直という心でいよいよ自分の枠を取った大きな心で受け止めることが出来る。
次にこれはまあいうならば悪く言うとめぐりということになるかもしれませんけれども、桜の花的な華々しいもの華やかなもの、まあここあたりが合楽の信心の一番表面に出ておるところですね、そりゃ驚くばかりです。この頃から若先生がもう日本で一番といわれるような教会を、まあもう殆ど大阪に集まっています。その二三の教会を回って来ております、そりゃもうたいしたことだそうですね、所がですね、合楽が日本一というのが一ちょあるとこう言うのです。
お広前が見事であることやらお参りが多いと言う事やら、まだまだ大阪あたりの教会にはかなわない。けれどもこれだけは玉水さんに行っても泉尾に行っても、日本一の教会ですね、に行ってもこれだけは合楽にはかなわんと言う事がある。それはねお供え、神様の前にお供えをしてあると言う事。それで聞いたと、これが月次祭のお供えかと、何時もこんなんふうかと、何時もこんなに沢山あるですよと言うわけなんです、あちらへ行ったら。所が何時も月次祭にこんなですよというのものがです。
合楽のお供えに比較したらそれはおかしい位に少なかった、よその教会は。そらあ勿論まあだ他の実証が沢山あるに違いありませんよね。とにかく何億ていう一年間に水揚げがあるそうですから、例えば神撰物、神様に対するお供えだけはおそらく合楽が日本一じゃろう、て言うて帰ってまいりました。これはどう言う事かというとね、桜の花の信心が表面に出ている証拠です、華やかなんです。なんとはなしにお広前全体に例えばこのご造営の上においても華やかな雰囲気がみなぎりますあります。
どこの教会よりも華やかです。それかといって華やかな事を嫌う人はまあ少ないですね、合楽にご縁を頂いている者なら皆好きなんです、けども嫌いな人もありますよ。合楽はもう派手だと言われております、派手にはしょうと思はんでも派手になってくるんです自ずと、これはやはり私が出ておるわけなんです。教祖の神様という方はそんな派手な方ではなかった、けれども教祖の神様のご信心を私が頂いたらこの様になった。
ですから私の信心をここで生神金光大神の信心を頂くという事は、私の信心を頂く事になるんですけれども、私の信心を頂いたらこのようになったというお蔭になってこなければいけんのです。それにはどうでも華やかなおかげになってこなければいけんのです。それこそ桜の花が咲いたように華やかです、大祭ともなったらいよいよそういうものを感じます、というて派手にしょうと、少し見栄を作ろうといったものはまずまずないです、ないけれどもそういうものが表れてくる。
いわゆる梅の香りを桜に持たせた訳です、しかもそれをしだれ柳に咲かせたいという合楽の信心のいうならば独壇場がここなんです。それも私というものを抜きにしてです、私が生神金光大神の働きをここに表す事が出来ておると言う事もそうです、それはうんなら、ここでは私が誰よりもです、私が邪魔をしてないと言う事おかげに対して。竹内先生の言葉を借りるなら、ここに生神金光大神をここに見るとこう言われる、それなんだ。そこでここで思います事はね。
私共がいよいよそういうまめで繁盛するよう、しかもそれが子孫にも伝わって行く様なお蔭を頂くために、いよいよ自分というものを空しくする、枠をとる、その素直さをいよいよ強くしていくと言う事、それに信心辛抱しぬかして頂くと言う事。これは皆さんが私の信心を見て下されば確かにそれは分かると思うんです。私は大体辛抱は出来ない男でしたけれども神様のおかげで段々こうして辛抱ができるようになってきた、桜の花的なものは初めから持ってとるのだけれも。
馬鹿程素直と言った様な事は生れ付き大体ちったありましたですね、もう馬鹿んごたるです、ですからそういうものは持ち合わせておったということになりますけども、辛抱というのは私持ち合わせてなかったんです。それは私の信心修行によっていうならば勝ち得たものです、信心辛抱の徳がもしあるとするならば私はその信心辛抱、それこそ泣く泣く辛抱しながらおかげを頂いて今日にあるのです。
そこで桜の花の信心というのはですね、どう言う事になるかというとです、どうなりますか、大きく頂いて大きく出すと言う事です。いはゆるここではお供えが日本一と、これはお供えていうが神饌物のことですよ、という事はです、皆さんが大きく頂いて大きく出しておられる、いはゆる大きな還元が出来ておると言う事です。これはもう合楽の信心の独壇場です。そりゃそうですよねえ、たった僅かこの位の信者でこれだけの御造営が出来ということは、皆さんの華々しい還元があったこそ出来たんです。
それでいてそれだけの還元ができたからといって皆さんがひとっつも困っておられんでしょうが。これだけのお供えをしたけんでガバッと家の財産が減ったと言う事ないでしょうが、いや益々それによって繁盛のおかげを頂いておると言う事なんです。そこにはねえ柳の信心と梅の信心が支えておるのです。大体ご造営なんかができますとです、出来た途端に腰えお折ってしまうのが普通です、所がご造営が出来て此の方やはりもう月々あの此処の例えば参拝者とか日記に記されていますようにですね。
もう月々繁盛のおかげを頂いていると言う事ですね、ですから大きな意味合いにおいてですね、華々しいと言う事はね、大きな御用ができると言う事だと思うんです。こらもう合楽の独壇場です、だからねケチケイ、チビチビしたことじゃできん、合楽では。それこそガバガバおかげ頂かないかんです、それには後から限りなく、ガバガバおかげ頂けれるのです。これは私の過去の信心からいうてもそうでしたから、こりゃ私の一つのまあ個性です。それがここに厳然としてこういう形で残って来た。
それを支えるものは【 】ではない、その、だから華やかなお蔭を頂きたいだけではですね、必ず桜の花は、これは桜の花だけだったら必ず散るです、けれどもそれを散らんようどころか益々広く深く頂いているということはね、柳と梅が支えておるからです。そこの所に天地書附に表れていますところの「親にかかり子にかかりあいよかけよで立ち行く末々繁盛いたし」と言う事になって来るわけなんですね。
「氏子繁盛いたし末々親にかかり子にかかりあいよかけよで立ち行く」というのは、例えば私だけが繁盛したのではだめだと言う事、神様の比礼をいよいよ華やかに現して行く為にはです、私共が大いに桜の花の信心を学ばなければならない、そこには華やかなお蔭が約束される、それを支えるものは梅と柳である、素直な心、その素直な心がいよいよ私の信心の枠というものを取り外した姿であるから限りなく大きくなれると言う事ね、その稽古。神様にお任せするという素直ないわゆる信心。
そういう信心をです、病気災難は根の切れるまで井戸は清水になるまでの、信心辛抱の辛抱させて頂いている間にそこん所のお取り払いをすっきり頂いて、そういう信心をです、子供にも孫にも伝えておかなければならない。そこに例えば今日のお昼の御理解を頂くならばです、信心を頂いておるということがこの上もない有り難いというものにならなければです、子供に伝わらんです。
こりゃもう困った時にお願いすりゃお蔭頂くぞというような信心じゃ伝わらん、しかも主人だけじゃない家族中の者が、いうならば親がまず、ほんとにこのような有り難い信心を頂いているということが有り難いといよいよ分からして頂く。親がこの信心が分かったら子供に絶対伝わらんはずはないです。そんならその有り難い信心はどういう信心かというとです、梅と桜と柳をかきまぜた信心。そこに私は教祖があちらこちらに使っておられます繁盛の意味があるとこう思うです。
お道でいう繁盛というのはねそういう繁盛でなからなければならない。そういう信心と共にです、そういう私はお蔭がね子供に孫に伝わっていくときにです、これなら間違いのない、言うならば天地の信用という裏付けのある繁盛であり財産である、それを子供に孫に伝えていくとゆうお蔭、信心と共に、為にはまず初代である私共がそこの所を十分に頂いておらないけないという事であります。
そこではたして私は桜の花的なものは持っておるけれども梅の花が足りない、柳が足りない、足りない所に特に焦点を置いてその梅柳桜のね、その信心が育っていくことこそですね、最近新聞でとりあげています所の合楽の信心のいはば独自性というのはね、もうそれは辛抱強いという信心、もう御祈念力という信心、そういうそこそこの看板がありますけれども合楽にもし看板を上げるとするなら。
そういう梅柳桜の信心がねいっしょにあるような雰囲気というか、それが合楽の信心の独自性であろうと私は思うんです。それを現していけれる、私はお蔭を頂いているということは私自身がまず梅鉢をとっておると言う事、枠をとっておると言う事、そこに皆さんもそのお蔭につながっていけれるお蔭が約束されるわけですね、皆さんもそこの所に信心の焦点を置きなされなければいけんと思うですね。
どうぞ。